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東京地方裁判所 平成5年(ワ)11193号 判決 1995年12月06日

主文

一  被告は、原告株式会社五大に対し、金七〇〇〇万円及び内金四〇〇〇万円に対する昭和六三年四月一日から、内金一〇〇〇万円に対する同年五月一日から、内金二〇〇〇万円に対する平成四年一一月二九日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告西尾知幸に対し、金八〇〇〇万円及びこれに対する平成四年一一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

理由

一  まず、甲八の借用書の成立について判断する。

1  甲三四の1の約束手形に裏書された被告の氏名が被告の署名によるものであることは当事者間に争いがなく、右署名のほか、乙一の被告の陳述書の署名、被告本人尋問における被告の宣誓書の署名及び被告の訴訟委任状の署名の各筆跡と甲八に記載された被告の氏名の筆跡を対比すると、右各筆跡は、通常人であればその同一性をほとんど疑わないほどに酷似しているということができる。右事実に、甲八は原告西尾の面前で被告自身が記載したものであるとする同原告本人の供述及び甲三八の陳述記載並びに被告が衆議院議員をしていた当時その秘書をしていたなど被告と長年交際のある証人乙山春夫も甲八に記載された被告の氏名が被告の署名したものであることを断言に近い形で認めていることを総合すると、甲八に記載された被告の氏名は、被告が署名したものであることを優に認定することができる。

2  そして、右認定事実に、甲八に記載された文章の体裁及び各文字の配置並びに被告の署名部分とその余の各文字の筆跡がその筆形、筆勢、運筆等に照らして酷似していると認められること及び右文字の記載に用いられた筆記具も文字の色や筆形等からみて同一のものと推認されることを総合すると、原告西尾本人の右供述や陳述記載を待つまでもなく、甲八の文面全体が被告自ら記載したものであることを、これまた優に認定することができる。

3  そうであるとすれば、甲八の被告の署名の下に押なつされた「甲野」の印影も、特段の事情の認められない限り、当時被告自らが使用していた印鑑により、被告の意思に基づき押なつされたものと推認するのが相当である。

そこで、右の特段の事情の有無についてみると、この点については、被告本人は、その供述及び乙一の陳述記載において、甲八の借用書につき自ら記載し押印したものであることを否認するのみで、それ以上の格別の説明はしていない。

また、右印影と甲三四の1の被告の裏書部分に押なつされた印影は、その対比から同一のものと認められるところ、右裏書について、前記のとおり被告自ら署名したものである以上、その印影も、被告自身により又はその意思に基づき押印されたものと推認される。

この点についても、被告本人は、自らは裏書署名をしたのみで、当時印鑑を持ち合わせていなかったことから、押印していない旨供述し、乙一にも同様の陳述記載があるが、《証拠略》によれば、右裏書は、甲三四の1の約束手形を下関の金融業者に割り引いてもらうために右両名が右業者のもとに赴いた際に同原告と共に被告が裏書したものであることが認められ、金融業者が押印のない単なる署名のみの裏書を認めるなどということは経験則上到底考え難いから、被告の右供述及び陳述記載は、信用することができない。

そうすると、結局、右の特段の事情は、証拠上認められないから、甲八の被告名下の印影も、被告が当時使用していた印鑑により被告の意思に基づき押なつされたものと推認するのが相当である。

4  以上によれば、甲八の借用書は真正に成立したものと認められる。

二  次に、甲一ないし七の各借用書の被告名下の印影について検討すると、右各印影と甲八の被告名下の印影との対比により、両者は、いずれも同一のものと認められるから、前者の各印影も、甲八作成の際にも使用された被告自らが使用したことのある印鑑により押なつされたものと認められる。

三  また、《証拠略》によれば、原告会社の広島銀行北九州支店の当座預金口座から、原告会社の代表者である原告西尾あてに、昭和六二年八月三一日、同年一〇月三一日、昭和六三年二月一九日、同年四月一五日及び同年五月三一日に各一〇〇〇万円(ただし、同年四月一五日は二五〇〇万円が出金され、これが同日、本支店勘定において一〇〇〇万円に分けられて原告西尾あてに出金されている。)が出金されていること、昭和六二年一二月一日にも、原告西尾の短期借入金として、原告会社から一〇〇〇万円が出金されていること、以上の事実が認められる。

四  以上を踏まえて、本件消費貸借契約一ないし八の成立の有無について検討する。

1  右一のとおり成立の認められる甲八並びに右二及び三で認定した事実に、《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  原告会社の代表者の原告西尾は、昭和六一年二月ころ、原告会社が当時推進していた北九州市の小倉駅前再開発事業のために同市内に北九州支店を開設し、その開設記念パーティーを開いた際、隣接の丙川町の町長をしていた被告が右パーティーに出席したことから、被告と知り合うようになった。

(二)  それまでも国会議員等の政治家と交際のあった原告西尾は、以来、被告を支援するようになり、同年に行われた衆議院議員選挙に被告が立候補した際には、被告に一〇〇万円単位の資金援助をした。

(三)  被告が右選挙に当選し、衆議院議員として東京で過ごす日が多くなったのに伴い、原告西尾と被告は、日頃、接触する機会が多くなったが、同年暮ころ、原告西尾は、被告から、資金が足りないとして、資金援助の依頼を受け、当時、原告会社の経営状態も良好であったことから、原告西尾は、右依頼に応じ、被告の毎月の事務所維持費に必要であるとする七〇〇万円に上乗せした一〇〇〇万円を毎月被告に貸し付けるようになった。

(四)  右貸付けの手続は、通常は、被告が原告西尾に対し電話でその実行を依頼し、これを受けて、原告西尾が原告会社北九州支店に電話で指示して一〇〇〇万円を用意させた上、同支店において、右一〇〇〇万円を受け取りに来た被告の地元の秘書に手渡し、その際は、右秘書が自己の名刺を領収書代わりに置いていき、後日、被告の秘書が持参した被告の借用書と差し替えた。

(五)  原告会社は、右のような手続で、昭和六二年八月三一日(甲一)、同年九月三〇日(甲二)、同年一〇月三一日(甲四)、同年一二月一日(甲三)、昭和六三年二月一九日(甲五)、同年四月一五日(甲六)及び同年五月三一日(甲七)に各一〇〇〇万円を被告に貸し付け、被告の秘書が持参した甲一ないし七の各借用書を受領した。

なお、昭和六二年一二月一日の貸付け分の一〇〇〇万円については、原告西尾が原告会社本社において被告に直接手渡し、また、昭和六三年四月一五日の貸付け分の一〇〇〇万円については、同日、原告会社北九州支店の従業員の兵藤貴久子が当時原告会社の花見の席に原告西尾と共に出席していた被告のもとに持参して、原告西尾から直接手渡した。

(六)  原告西尾は、平成二年二月に実施された衆議院議員選挙に被告が立候補する際、被告からの依頼に基づき、同年一月二四日、その選挙運動資金として、八〇〇〇万円を被告に貸し付け、被告が原告西尾の面前で作成した甲八の借用書を被告から受け取った。

2  以上の認定事実によれば、原告ら主張のとおり、本件消費貸借契約一ないし八の成立が認められる。

3  これに対し、被告本人は、本件消費貸借契約一ないし八の成立を全面的に否認する供述をし、乙一にも同様の陳述記載があるが、右供述及び陳述記載は、いずれも信用することができない。その理由は、次のとおりである。

(一)  右一で認定したとおり、甲八に記載された被告の氏名は被告が署名したものであり、また、その余の文面も被告の筆跡であることは、被告のその余の署名との比較対照等から明らかといえるところ、被告本人は、これについて、合理的な理由を述べることなく殊更に否認する態度に終始しており、甲八の成立を否認するに急な余り、甲三四の1の約束手形の被告裏書部分についても、署名はしたが押印はしなかったなどと、不自然かつ不合理な弁解をしている。

(二)  被告本人は、原告西尾ないし原告会社から資金援助を受けたのは数十万円程度であるとし、その余の援助としては、被告が平成二年二月の衆議院議員選挙に落選した後、原告会社の本社及び北九州支店の事務所の一部を被告の事務所として一時無償で使用したことがある程度である旨供述している。

しかしながら、《証拠略》によれば、<1>被告は、原告会社の関連会社である共和五大株式会社(以下「共和五大」という。)が借主として平成三年一月一一日に総合ファイナンスサービス株式会社から六〇〇〇万円を借り入れた際、自ら、連帯保証人になっているほか、その担保として自宅の土地建物に抵当権を設定することまで約束し、現に、自宅の土地について抵当権を設定していること、<2>被告は、同年四月ころ、その支援者である政時鉄工所が振り出した額面合計四〇〇〇万円の約束手形に原告西尾と共に裏書し、右手形は、そのころ金融業者に割り引かれていること、<3>被告は、平成三年六月の前後のころ、共和五大、あるいは同様に原告会社の関連会社である共和通商株式会社が振り出した額面合計一億円の約束手形に原告西尾と共に裏書し、右各手形も、そのころ、金融業者に割り引かれていること、以上の事実が認められる。

右認定事実によれば、原告西尾と被告の関係は、単に被告が右に供述する程度のものにとどまらず、両者間には、被告が共和五大のために連帯保証及び物的担保の提供をし、あるいは原告西尾と共に右各約束手形に裏書をするほどの金銭的に相当深い関係のあったことが明らかである。

ところが、この点に関する被告本人の供述は、前記のように原告西尾ないし原告会社からはさしたる援助を受けていないとしながら、専ら原告西尾ないしその関連会社が他から融資を受けるために右のような連帯保証や物的担保の提供、さらには裏書までしたというものであって、衆議院議員までした人物の供述としては、余りに不自然かつ不合理であるといわざるを得ない。これも、結局のところ、原告らから高額の資金援助を受けていた事実を殊更に覆い隠そうとすることによるものと解するほかない。

4  そのほか、証人乙山春夫も、右1及び2の認定に反する証言をし、乙二にも同様の陳述記載があるが、右証言及び陳述記載も、同証人が被告の衆議院議員当時の秘書をしていたなど、その立場を反映して、殊更に被告を擁護する実のない内容のものとなっており、信用することができない。そして、他に、右認定を妨げるに足りる証拠はない。

五  以上によれば、原告らの請求は、いずれも理由があるから認容し、主文のとおり判決する。

(裁判官 横山匡輝)

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